DESIGNTaro Kiguma
日本デザインコミッティーは2026年9月28日、「DESIGN GALLERY AWARD」の優秀作品を発表した。作品は2027年2月と4月に東京・銀座の松屋銀座7階「デザインギャラリー1953」にて、企画展として発表される。第一回の「DESIGN GALLERY AWARD」には、個人と団体を合わせて合計106件の応募があった。応募作品は日本デザインコミッティーの選定委員(深澤直人、原研哉、内藤廣、佐藤卓、須藤玲子)が選定。デザインの美しさや機能性はもちろん、作品に込められたコンテクスト、社会性や将来性を総合的に審査した。今回、優秀作として選出されたのは2点。
ステンレスのワイヤーを糸のように操り、ギャラリー空間のシルエットを浮かび上がらせるという大型の作品。空間そのものを「かたち」として捉え直すことによって「何もない」と感じられる体験を生み出す。「何もない」ことから何かを受け入れたり、「誰か」を受け入れる空間となることを目指す。アーティスト・デザイナーの小野栞は、編みや織りなどの技法を用いてテキスタイルや衣服をデザインしている。東京造形大学非常勤講師。
(深澤直人)
資材が何であろうと糸という。糸は限りなく細くなりたいという願望があるのがわかる。それを織ったり紡いだりするとそれは布になる。布も糸も空気のように漂うことは空気の流れが視覚化されたもののように感じるがそれは煙ほど繊細ではない。作者が言っている輪郭というのは空気の視覚化で、目に見える空気の比喩のように聞こえる。人は重力から逃れて空気のような存在になりたいと思っていると思う。
(内藤廣)
表現することは、必然的に「有ること」を主張する。あらゆる作品が「有ること」を際立たせようとするのに対して、この作品は「無いこと」や「不在」を作品化している。その「無いこと」の表現を、執念とも言える手作業で実現しているところが凄い。個人的な感想だが、この儚さと純粋さと白さは、ハン・ガンの小説が生み出す空気に重ねられるように思った。この「美しさ」を見てみたい。
(原研哉)
「余白」の捉え方に評価が集まりました。おそらくは、目に見えないほどの微細な編み物をギャラリー空間に配することで生まれる、未知なる気配に、これまでの展示にはない感覚が息づいてくると感じます。手で編むことでしか実現できない、きわめてあえかで物質感の希薄な「膜」のようなものを生み出そうとする姿勢に、この作家が見ようとする造形の姿があります。すでに衣服の形をしたオブジェクトを通して緻密な仕事をしていますが、ここではさらに一歩踏み込んだ編み物のあり方を通して、新しい空間のリアリティを目指そうとしているように感じます。ギャラリーにおける展示のあり方を更新する意味で、このアワードにふさわしいプロジェクトではないでしょうか。
(佐藤卓)
この展示の企画書には、「何もない」と感じられる空間をつくることと書かれていた。そんなことがはたしてできるのだろうか。この企画は0.06mmという極細のステンレスのワイヤーを使い、手編みで生地をつくり、それにより空間をつくるという試みである。以前にも作品は拝見したことがあり、コンクリート壁を背景にしたその空間は、信じられないほど繊細で美しかった。確かにそこは、存在がないようなあるような、不思議な空間だったのを覚えている。それを百貨店の中の小さなギャラリーで展開した時、どんな空間になるのか見てみたいという衝動が、私がこの提案を選出した理由である。1つ1つの展示を丁寧に見てもらうという既存の展示とは全く異なった実験的な提案を、このアワードが受け入れたということだ。
(須藤玲子)
「編み」という原始的な構造を、丁寧な手仕事と考え抜いたコンセプトにより、高い次元の表現を拓いてきた作家である。かつて、「美しさと素材の密接な結びつき」「繊細さの中にある強さ」と評された彼女の表現は、本企画では「空間の輪郭」へと拡張された。 ギャラリー空間を包み込む構造体により、「何もない」余白を創出する本作は、視る人に何かの姿勢は求めない。理屈を超え、「作りたい」という熱量が生むモノ作りの原点が、手仕事による空間の新たな可能性を切り拓く。卓越したクリエイティビティを高く評価した。
卵を運ぶためのパッケージ「卵つと」(たまごつと)に着目した企画だ。「卵つと」はかつて、卵を安全に運ぶために藁を用いて考案された携帯用のパッケージで、編んだ藁によってクッション性を持たせつつ、そこから生まれたシンプルな美しさが魅力だ。本展では、合理性(実用性)と造形性をさまざまな角度から見つめ直す。現代では藁が高価な素材となったため、企画展では紙紐を用いる。デザイナーの鈴木結菜は、1994年静岡県生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科基礎デザイン学コースを修了後に日本デザインセンターでグラフィック・プロダクト・展示空間などのプロジェクトに携わっている。
(深澤直人)
卵が線状のもので包まれるとやや不気味な物体が助長される。卵が白かった時代よりも茶色くなった方が気味悪さがなくなった。この作品には不気味さがある。包むという機能だけではなく存在が顕になる。気持ち悪さの探求と誤解してしまうほど美しさもある。
(内藤廣)
「卵」というのは特権的な素材だ。誰でも手に取ったことがあり、その硬さも重さも脆さも、我々の手の感触が知っている。それを紙紐で包み、それがそのまま造形になっている。ユニークな発想と造形力は、多くの人を驚かせるだろう。「卵」を介在させることによって、創作者が生み出す造形とそれを見る観客との間の感情のやり取りを豊かなものにするだろう。
(原研哉)
わかりやすく、そして美しい。「なってきたかたち」のその後を探究する姿勢を応援したいと感じました。暮らしの中で育まれた民芸的な包装のかたち「卵つと」に触発されての研究だと思いますが、紙紐と包まれる対象物との相関で生まれる「包む/包まれる」関係を丁寧に見つめ、さらなる可能性を追い求め、食い下がっていく視点と姿勢に共感を覚えます。作者が語っている通り、包装の合理性は外観の魅力を考慮しないことではなく、包む/包まれるという様相そのものが見ごたえのある造形物として立ち現れてくる点に「卵と紐」のかたちの妙があります。人の手による工夫と、先細った長楕円の相剋は、現代においても、見る者の目を釘付けにする何かを持っています。
(佐藤卓)
藁を使った伝統的な卵のパッケージ「卵つと」を、紙紐を使ってさらに可能性を探る展示は、素直に美しいだろうと思った。そして企画書では簡単に触れられていたが、包むことの合理性と装飾性の関係についての指摘は、実は奥深い。ガウディーの建築がただ単に装飾的ではなく自然の摂理に基づいて造られているという話は有名である。現代はとかくシンプルでモダンな生活空間が推奨されがちだが、味気ない空間やデザインが心地よいかと問われれば、そうではない気がする。モダンデザインだけが生活空間を豊かにするのかという問いともに、この展示に期待したいと思う。
(須藤玲子)
鈴木結菜氏は「組む」という手仕事の構造的・造形的可能性を、極めて高い完成度で探求する作家である。本企画では、米作の藁から生まれた生活の知恵「卵つと」が持つ合理的な機能と美しい構造に着目し、素材を現代の紙紐へ置き換え、その本質を再解釈している。 驚愕すべき手仕事により産み出される造形は、単なるパッケージの領域を逸脱している。小作品からギャラリー空間を構成する巨大な立体展開に至るまで、理にかなった構造を形成している。手仕事が持つ、新たな建築構造、立体表現への展開の気配と可能性を強く予感させた。
松屋銀座7階・デザインギャラリー1953
東京都中央区銀座3-6-1