
DESIGNTaro Kiguma
岐阜県・高山の「遊朴館 HIDA GALLERY」にて、木工家・三谷龍二が監修した展覧会『森と、暮らし』が2026年11月15日まで開催中だ。精緻な木工作品や使い込まれた古い木の道具に向かい合うことにより、森や木との関係を見つめ直すきっかけとなるだろう。
本展は木工家・三谷龍二の呼びかけに応じた、木工家の紀平佳丈と、愛知県名古屋市で骨董と喫茶の店「喫茶 古参(こさん)」を営む古田隼人による3人展だ。三谷と紀平は木の器を出展し、古田は人の手によって作られ長年使われてきた木の道具を今回のために収集し、約30点を厳選して展示している。三谷は展覧会の企画意図についてこう語った。
「この展覧会では、人々の暮らしと木がどのように関わっているかを考えていきたいと思っています。日本人は長く、森と暮らし、木と深く関わってきました。縄文の時代から狩猟採集していて、連綿と続いていて、戦後の高度成長期ぐらいまでは、里山という形で人と森は深く付き合っていたと思います。ですから日本人の基礎精神というものに深く、森は関わっていると感じています。日本は本当に目まぐるしく変わり、風景も変わりました。しかし、基礎的な私たちの精神は簡単に変わるものではないはずなんですね。ですから、現代はギクシャクした精神の歪みなどもあると思うのです。そこで僕たちの作るものを通じて、森と暮らしを思い返してもらえるような機会になればと思って企画しました」(木工家・三谷龍二)

Photo_Kazuhiro Shiraishi
本展で三谷は、主に飛騨の広葉樹を使って作品を作った。最も注目したのは、近隣の材木店から入手した古材で作ったボウルだ。
「飛騨古川で木材を扱っている『柳木材』に伺い、木を分けていただいたのが本展の出発点です。私の住んでいる松本では、このような木材屋さんはもうないんですよ。この辺りは、本当に木材産業が盛んなところだなとすごく思いました。『柳木材』には、埃を被った古い木がたくさんありました。その中でこのボウルに使った木は、昭和30年代にできた木材会館で敷台、いわば入り口の踏み板として使われていたもので、ゴロッと転がっていたんです。泥や砂利がついたりしていました。とても安価に分けてもらい、それを僕がボウルとして作り変えた作品です。敷台として60年か70年ぐらいの人生があり、今回このボウルに変わってこれからの50年、60年という時間を過ごすと思うんです。加工すれば本当に新しいものと同じように生まれ変わるというところが、僕が思う木の最高の良さで、これを作りました」(木工家・三谷龍二)

三谷龍二 ボウル ミズメ(左から)⌀270 x h50mm、⌀360 x h50mm Photo_Kazuhiro Shiraishi
三谷が新たにつくった「ミズメ」のボウルは、広葉樹ならではの目の詰まりが美しく、端正な光沢を放っている。元となる材料は木材店にとっては眠っていたものだった。しかし三谷の審美眼によって選ばれ、材料の個性を活かした木のボウルとして作られた作品は、新しい命を与えられたかのように生き生きと魅力を放っている。小さな器から大きな命の循環すらも感じられる仕上がりだ。
「僕はあんまり銘木に対して気持ちがいかないタイプなんですよね。ですから、普通の木が工夫によって価値が蘇ってくるようなもののほうが面白いと思っています。普通の生活に強い主張を持った木が入ってくるよりは、ちょっと大人しめの木のほうが、日常生活には合ってくるかなと思っています」(木工家・三谷龍二)

三谷龍二 朱漆椀 ケヤキ ⌀120 x h75mm Photo_Kazuhiro Shiraishi
また、新しい挑戦として初めて朱漆を塗った作品も発表している。生活に近い存在としての木の器にこだわってきた三谷としては、これまで正月や祝い事で使う朱色の器というものを敬遠してきたという。
「今までにも実は、黒とか朱とかですね、試験的にやってはいたんですけども、なんか自分と合わないんじゃないかって気がして発表はしてこなかったんです。今回ちょっと気持ちが動いて、朱をやってみようと思いました」(木工家・三谷龍二)

紀平佳丈 (上)干菓子皿 ネズコ ⌀228 x h10mm、(下)丸盆 ネズコ ⌀217 x h10mm Photo_Kazuhiro Shiraishi
紀平は、主に飛騨のネズコやスギなどの針葉樹を材料に、薄くて繊細なお菓子の器や丸盆などを作った。
「木材屋で一番惹かれた材料が、偶然全部『ネズコ』だったんです。そこで今回は『ネズコ』を中心に作ってみました。お食事のときの器やお菓子皿として使っていただけたらと思います。あえて薄く繊細にして、この上にお食事やお菓子が載ることで主役を引き立てるイメージで作りました。また、スギやネズコなど針葉樹は香りも素晴らしい素材です。酒器では香りも楽しみながら使ってもらえるといいなと思っています」(木工家・紀平佳丈)
木目の美しい紀平の器を手に取ると、極めて軽くて柔らかく、壊してしまいそうな危うさを感じる。そして仕上げは無塗装のため、実用的には汚れやすい。しかしながら、器が持つ性質や器から受ける感覚が、私たちが現代の生活で忘れがちなものを取り戻すきっかけとなる。紀平の器は少し緊張感を持って向き合い、大切に使うことによって、「丁寧に物を扱う」「慎重な所作」など、日常生活に変化をもたらしてくれる存在となる。
「最初は難しいことでも、これらの器は使っていくとすぐ当たり前になっていきます。毎日意識していなくても、自然に習慣となれば、日常生活の中で器といい距離感になるのではないかなと思います」(木工家・紀平佳丈)

紀平佳丈 蓮弁箱 ネズコ (箱)w115 x d85 x h63mm、(中身)w96 x d67 x h10mm Photo_Kazuhiro Shiraishi
名古屋で骨董と喫茶の店「喫茶 古参」を営む古田隼人は、本展のために100点あまりの古い木の道具を集めたという。
「100点あまりの中から、三谷さんと紀平さんと共に直感的に30点ほどを厳選して展示しています。それぞれの道具は古今東西のもので、さまざまな役割があります。日本の古いものだったり、韓国のものだったり、西洋のものだったり。たとえば、このフランスの『デコイ』は19世紀ぐらいのものではないかと思います。狩猟の時に水面に浮かべておとりとして使っていたものです。だいぶ形も溶けてきて、ちょっとトロッとしたような雰囲気があり、何とも言えない可愛さがあります」(骨董商・古田隼人)
古田が蒐集した木の道具は実に幅広く、時代も作られた国もバラエティーに富んでいる。いずれの道具も人間に使い込まれた確かな跡があり、生活の中で機能してきた時間を感じさせる。三谷の精緻な広葉樹の器と、紀平の繊細な針葉樹の器を見てから、古田の古い木の道具に差し掛かると、一気に本展の文脈が立体的に立ち上がってくる。
「今回の展覧会は『人は木で何を作ってきたのか』というテーマです。ですから、この古い道具を見て、針葉樹で作ったものを見て、広葉樹で作ったものを見ると、木の表情がそれぞれだいぶ違うと思うんです。この幅の広さをぜひ見ていただきたいと思います。普通、木工品というと『家具』など狭い枠組みで見られがちですが、人が木でどんなものを作ってきたのか、どういう工夫をしてきたのかが伝わっていけばいいなと思っています。古いものと新しいものが一緒に組み合わさっているのも、できるだけ幅広く木工を見てもらいたいからです」(木工家・三谷龍二)
本展に並ぶ木の器や道具から受ける印象には、美しさ、儚さ、小さきものなど、繊細で日本的な文脈が通底していた。
「日本の工芸には不完全であるとか、どこか完成度を求めすぎない精神があると思っています。完成度を求めようとすると、自然を凌駕していくような精神でないとなかなか難しい。日本の場合は自然と付き合いながら、折り合いの中でものを作っていくという精神があります。いわば自然に負けながら作っていく。それは森や自然と付き合うことともすごく近いです。地震や台風があり、日本人はお天道様には勝てないという感覚があって、いつも自然に負けている。人間は弱い存在だということを身にしみて感じている国民だと思うんですよね。その自然観が僕たちの工芸のベースにあります。そう考えると、西洋的な強い考え方とはまた違う価値観があり、それが『小ささ』であったり、『弱さ』であったり、『狭さ』であると思います」(木工家・三谷龍二)

「遊朴館 HIDA GALLERY」の周囲には、悠久の森と飛鳥時代から継承されている木工文化がある。 Photo_Kazuhiro Shiraishi
そう語る三谷からは、揺るぎない思いで小さなスプーンやバターケースを作り続け、「生活工芸」と称される価値を切り拓いてきた強さが感じられる。この言葉を聞いてからギャラリーを巡ると、静かに並ぶ小さな作品たちが、雄弁に語りかけてくるようでもある。飛騨高山の澄んだ空気に包まれたギャラリーで、小さな木の器と道具に向き合う時間は、日本の木の文化の深遠な世界へと誘う旅の入り口となってくれるはずだ。

左から紀平佳丈、三谷龍二、古田隼人。Photo_Kazuhiro Shiraishi
『森と、暮らし』
2026年10月3日~11月15日
遊朴館 HIDA GALLERY 岐阜県高山市上一之町26