
ARCHITECTURETaro Kiguma
東京・六本木の「21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3」にて、特別展「ザ・ペーパーログ:膜と核 — イッセイ ミヤケによるアンサンブル・スタジオとの協業プロジェクト」が開催中だ。ファッションと建築という互いの領域をクロスオーバーさせたコラボレーションが珍しくない昨今、本展で目にしたのは、まさに「コラボレーションの理想形」とも言える姿だった。領域を越境することで双方が刺激を受け合い、素材に深く向き合ってものづくりをすることの大切さを提示してくれる。「優れた仕事というのは喜びからしか生まれない」と語る、彼らのコラボレーションの本質に迫る。
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プリーツ製品を製造する時に一枚一枚、紙で生地を挟んでプリーツ加工をしている。©︎ISSEY MIYAKE INC.
「ペーパーログ」とは、イッセイ ミヤケのプリーツ製品の製造工程において生まれる副産物だ。マシンでプリーツ加工をする際、生地を挟む薄い紙であり、加工後に剥がされて衣服が取り出される。使用後の紙には、うっすらと衣服の色が移っている。この紙をロール状にまとめ、圧縮して丸太のような状態にしたものが「ペーパーログ」である。
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「ペーパーログ」。保管スペースを小さくするために、使い終わった紙を丸太のようにロール状にまとめている。©︎ISSEY MIYAKE INC.
この存在に注目したのが、三宅デザイン事務所のデザインディレクター、近藤悟史だ。近藤は「ペーパーログ」を原木に見立ててカットし、糊で強化したスツールを制作。2024年にフランス・パリで開催された「ISSEY MIYAKE 2025年春夏コレクション」のショー会場にて、観客用のスツールとして実際に使用した。その後、「ペーパーログ」へさらに新しい価値を与えるプロジェクトとして、スペインの建築設計事務所「アンサンブル・スタジオ(Ensamble Studio)」を招聘。本展は、その成果として2026年のミラノデザインウィークで発表した「記憶をもつオブジェ(膜)」と「家具のプロトタイプ(核)」を再構成した展覧会となっている。
会場には、アンサンブル・スタジオによる「記憶をもつオブジェ(膜)」シリーズから、『Canyon』と『Lake』の2点が展示されている。作品の背景やコラボレーションのプロセスについて、同スタジオを主宰するアントン・ガルシア=アブリルとデボラ・メサに話を聞いた。

2026年のミラノデザインウィークで発表されたアンサンブル・スタジオによる「記憶をもつオブジェ(膜)」シリーズ。 Shell (Ensamble Studio): Ensamble Studio ©︎ISSEY MIYAKE INC.
ー作品『Canyon』を通して表現したかったこととは?
アントン・ガルシア=アブリル(以下、アントン):本展のテーマである「コア(核)」と「シェル(膜)」は、建築における2つの根幹要素です。コアに質量が集中して構造を支持する一方で、シェルは空間を包み込む皮膜や境界となり、最終的な空間の形を決定づけます。特に『Canyon』において表現した空間とは、風雨による侵食や土砂の堆積によって削り出された「峡谷(キャニオン)」のような、うねりを持つ垂直の谷そのものです。ここで示したのは補強されて自立する構造的な形態であり、紙の「シワ」「亀裂」「不規則さ」「不完全さ」こそが、安定と平衡、そして空間そのものをもたらしているのです。イッセイ ミヤケの服づくりから私たちが学んだのは、衣服が複数の層として、建築のように空間をつくり出して機能する、という考え方です。身体とそれを包む衣服の間には、共鳴する記憶はありつつも隔たりがあります。
デボラ・メサ(以下、デボラ):『Canyon』は特定の地域を再現したものではなく、深く縦に伸びる谷の概念を表現した作品です。ミラノデザインウィークでは3点を展示しましたが、今回の東京の展覧会ではそのうちの1点を展示しています。支柱などは一切使わず、硬化剤を用いた最小限の紙のレイヤーだけで構造を成り立たせています。

『Canyon』 Shell (Ensamble Studio): Ensamble Studio ©︎ISSEY MIYAKE INC.
ーもう一つの作品『Lake』について教えてください。
デボラ:『Canyon』が岩のようにゴツゴツと荒々しい表情であるのに対し、『Lake』では水のような「流動性」を追求しました。椅子の形状をしてはいますが、まるで液体のように見えませんか? また、施した色彩によって、池や湖の藻や植物、濁った水が構造へとじわじわと染み込んで着色していったような情景を表現しています。
アントン:紙という素材を架け橋にして繋げたかったのは、巨大で抽象的な「自然」と、私たちの生活において最も身近な道具である「椅子」という、極端に離れた2つの世界です。この作品は、まず広げたペーパーログに塗装を施し、折り目をつけて椅子の形状に被せて固めて作りました。しかし、最終的には中の椅子を取り出しています。実際の椅子は存在しないにもかかわらず、椅子の輪郭や気配だけが留まっている。それも一つの「記憶」の姿ではないでしょうか。『Lake』はまさに、形としての記憶を宿したオブジェなのです。

『Lake』 Shell (Ensamble Studio): Ensamble Studio ©︎ISSEY MIYAKE INC. 椅子のようなオブジェだが、中は空洞で「ペーパーログ」が固定されて自立している。
ーアンサンブル・スタジオの建築作品と同様、素材の美しさを最小限の手法で引き出している印象を受けました。
アントン:私たちの仕事は、素材そのものの自然な表情を生かすことに特徴があります。この「削ぎ落とす行為」は、時に非常に雄弁で表現力豊かなものになります。ある意味では「ミニマリズム」とは対極になるのかなと思っています。ミニマリズムの場合には最小化するために、色々と手を加えたり加工をすると思います。私たちの場合は加工をするというよりは、元々あるものを引き出す、素材をうまく使うという行為なので、対極にあると思っています。この地球上にあるすべての素材には、それぞれの美しさがあります。アーティストや建築家、職人の役割とは、加工で覆い隠すことではなく、素材が本来持っている魅力を引き出し、光を当てることです。今回、私たちは「紙」という素材に対してそのアプローチを行いました。

プリーツ紙の束も展示されている。
デボラ:私たちは以前から三宅一生氏の仕事に深い敬意を抱いていたため、今回のコラボレーションは非常に光栄でした。イッセイ ミヤケは、プリーツ技術一つをとっても非常に表現力豊かなブランドであり、衣服の中に構造を見出すアプローチは建築的な思考と非常に親和性が高いと感じていました。一方で私たちは、産業プロセスで取り残された素材や端材に新たな価値を与え、再生させる試みに重点を置いています。素材の「魂」というか、核となっている部分の本質を損なわずに引き出したいと考えています。また、最初から決まりきった成果物を求めるのではなく、研究・実験として共に試行錯誤を重ねるオファーだった点も、リサーチを重視する私たちにとって非常に魅力的なプロセスでした。
アントン:最初に近藤悟史さんとチームの皆さんとお会いした際、あらかじめ決められたゴールは一切ありませんでした。「まずは、遊び心を持って試作してみましょう」という自由で開かれた姿勢こそが、今回のコラボレーションで最も実りある部分だったと感じています。私は自由なアプローチこそが、三宅一生氏から受け継がれるデザインチームの理念そのものなのだと実感しました。優れた仕事というのは、喜びからしか生まれませんね。最終的なゴールを定めないまま共に出発した私たちの「旅」は、まだ最初の停留所に到着したばかりかもしれません。この先にも、さらに深まる探求の道が続いているのではないかと感じています。
デボラ:アートやデザインの表現は、あらゆる領域を超越します。私たちは常に、建築の「外」にあるファッション、アート、科学といった領域からインスピレーションを得てきました。今回、イッセイ ミヤケのチームと対話を重ねる中で、分野は違えど「ものづくりに対する哲学や手法」が驚くほど共通していることを知りました。領域を越えた深い相互理解が得られたことは、私たちにとってもかけがえのない財産です。

(右)イッセイ ミヤケのプロジェクトチームによる「家具のプロトタイプ(核)」シリーズのスツール。「ペーパーログ」を糊で硬化させている。

(右)イッセイ ミヤケのプロジェクトチームによる「家具のプロトタイプ(核)」シリーズのソファ。
本展は、イッセイ ミヤケのプロジェクトチームとアンサンブル・スタジオが、ファッションと建築という互いの領域にゆるやかに滲み合い、新たな価値を獲得していったプロセスの記録である。「ペーパーログ」に新たな役割を与える、という高い問題意識と素材への真摯な眼差しがあれば、「まずは遊び心を持って試作する」という開かれたスタートこそが、本質的な解へと至る最も確実な近道なのだと実感させられた。この本質的な探求の旅が、サステナビリティとしての側面だけでなく、今後私たちの生活に寄り添う日常の美しいプロダクトとして、大きく飛躍していくことを楽しみに待ちたい。
「ザ・ペーパーログ:膜と核 — イッセイ ミヤケによるアンサンブル・スタジオとの協業プロジェクト」
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3 東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
2026年8月13日〜9月13日