
DESIGNTaro Kiguma
東京・日本橋にある「イトーキ」のオフィスが面白い。同社が本社を構える「ITOKI DESIGN HOUSE TOKYO」の12階が全面リニューアルされたのだ。五街道の起点である日本橋という土地の文脈にも接続しながら、最新のワーカー行動データを活用したレイアウト、インハウスデザイナー同士の密接なコラボレーションなど、挑戦が盛りだくさんのプロジェクトを取材した。
舞台となるのは、オフィスビルの12階。日本橋という土地の歴史からも着想を得た東西100メートルの細長い空間は、クリーンで美しい。フロアは大きく3つのゾーンに分かれており、それぞれ日本橋が掛かる「川」と「両岸」に見立てた。中央には人と情報が行き交う「川」としてオープンエリアを設置。「両岸」にはチームで働くための多彩な工夫が施されたエリアが広がる。窓側からは自然光がたっぷりと注ぎ込む、素晴らしい環境だ。
今回のリニューアルを担当した空間デザイナーの細田明李に、プロジェクトの出発点を聞いた。
細田:コロナ禍を経て出社回帰というフェーズに移ってきた際、「なぜオフィスに来るのか?」という根源的な問いに向き合う必要がありました。オンラインでも働ける時代に、あえてオフィスへ集まる意味は何なのか。お客様へのご提案のためにも、そして私たち自身にとっても、必ず乗り越えなければならない壁だと感じました。
「イトーキ」は、1〜2年ごとにオフィスフロアを大規模リニューアルし続けている稀有な企業だ。そこには明確な理由がある。自らが率先してオフィスの改善に向き合い、時には自社を実験台として仮説検証を繰り返すという企業姿勢があるからだ。今回のリニューアルでは、インテリアとしての美しさを高めることはもちろん、社員へのサーベイ(自己申告アンケート)や位置情報などから得られた行動データを統合的に分析し、実際の設計へ落とし込むことに挑戦した。
細田:各ワーカーがどのような能力を発揮し、どう行動しているかを把握するためにデータを分析しました。すると、改修前に多数設置されていた『集中エリア』――周囲から視線が通らない半個室のような空間に異変が見られたのです。2023年の調査ではここで能力を存分に発揮しているワーカーが多かったのですが、今回の分析では一転して数値が低下し、孤立感を感じている傾向が浮き彫りになりました。 一方で、チームで集まって働いている人たちのパフォーマンス(能力発揮度)は非常に高いという結果が出ました。この2つのデータから、今の時代におけるオフィスの役割は「個人が作業をしに来る場所」というより、「チームに会いに来て、チームとしての能力を発揮する場所」なのではないかという仮説が立ちました。そこで、今回のリニューアルコンセプトを「チームで働く(チームコワーク)」と定めました。
これまでのオフィスのリニューアルは、デザイナー主導でアイデアをまとめ、社内で合意形成を図る流れが主流だ。しかし今回は、データという客観的な裏付けがあったことで、デザイナーの主観だけでなく「社員が実際にどう感じ、どう動いているのか」という事実をもとに設計を進めた点が新しい。リニューアル後は、ワーカーのエンゲージメントも高まっているという。
2024年にリニューアルした11階フロアには大きなテーブルがあり、予約制で最大2時間利用できる仕組みがあった。データを分析すると、そこに部署を越えたメンバーが集まり、活発に協働している姿が浮かび上がった。その集団はデザイン部門、営業部門、管理部門など多岐にわたって構成されていて、実際に高いパフォーマンスを上げていたという。
細田:集まっていた方々にヒアリングを行ったところ、個々人の業務が高度化・複雑化し、単独では解決しきれない課題が増えている実態が見えてきました。パフォーマンスの高い人たちは、対面で集まり助け合いながら、いわば「集合知」を活用してスピーディに課題を解決していたのです。そこでこの知見をフロア全体へと拡張し、12階全体に予約可能な協働スペース「チームコワークエリア」を複数配置する実験的な試みが始まりました。
12階では、チームの誰か(上長・メンバー問わず)が1回あたり最大2時間までスペースを予約し、まるでオープンな会議室のようにメンバーが集まって仕事をする。いつ・どのくらいの頻度で集まるかは各チームの裁量に委ねられている。また、チームごとの働き方の違いに応えるため、空間や家具を柔軟に変更できる「チューンナップ」の思想も導入された。
細田:「チューンナップ」を取り入れたのは、チームごとに最適な協働スタイルが異なるからです。「全員でひとつのテーブルを囲みたい」「緩やかに同じ空間を共有し、気軽に相談できる距離感を保ちたい」「隣り合って画面を見せ合いながら教え合いたい」など、求める環境はさまざまで、作り込みすぎた固定的な空間では対応しきれません。そこで、状況や検証結果に合わせて家具のレイアウトを柔軟に変更し、より良い形へと更新し続けられる空間構成にしています。
1日で最大2時間までの「チームコワーク」ということであれば義務感も強くなく、ちょっとした困りごとや相談ごとを解決する時間として有効に活用できそうだ。そして、筆者は「チームコワークとは、最大2時間の緩やかな会議体」のようなものではないかとも想像した。
この「チームで働く」思想を具現化するために不可欠だったのが、空間と一体で開発された特別なシステム家具だ。リニューアルされた新オフィスの東西100メートルに及ぶ細長い大空間には、間仕切り壁が一切なく、家具の配置だけで緩やかにゾーニングされていて、美しい。実はここにはイトーキの次世代プロダクトとなるプロトタイプが多数投入されているのだ。同社のプロダクトデザイナー・田幸宏崇は次のように語る。
田幸:たとえば、このシェルフは今回のプロジェクトのためにゼロからデザインしました。壁であり、書棚であり、ベンチやテーブル、ディスプレイ台の役割も兼ねています。多彩な機能を持ちながら、空間を緩やかに区切る「ソフトディバイダー」として重要な役割を果たしています。 ベンチやメッシュ素材などで緩やかに視線を遮ることで、周囲を完全に遮断することなく、チームごとの心地よい“こもり感”を生み出せます。モジュールの組み合わせによって、ベンチ高、テーブル高、ハイテーブル高と高さを揃えて美しく変えられるのも特徴です。外と緩やかにつながりつつ、視線を遮りたい場合は小物を置いたり、植物をあしらったりすることで遮蔽度を自由にコントロールできます。
このシェルフは、イトーキの次世代を担うプロダクトのプロトタイプでもある。
田幸:既存のスチールキャビネットのように頑丈で、スタンダードとして長く愛される次世代のプロダクトを作りたいという思いは以前からありました。何十年もの間、重い紙書類を支え続けてきた「イトーキ」の薄板板金曲げ技術によるスチール家具は世界屈指のレベルです。自社工場が持つ高度な生産ラインと加工技術を活かし、今のオフィスに本当に求められる新しいシステム家具を生み出したいと考えました。

田幸宏崇がクリエイティブディレクターを務める「NII」のプロダクトも効果的に配置されている。
細田:田幸さんたちプロダクト開発チームには、「チームで働くために何が必要か」というゼロの段階から合流していただきました。大きなテーブルに加え、窓側の1人用の集中席、4人前後でミーティングができる塊型の「ファミレスソファ」などを複合的に配置し、エリア全体でチームを支えるスタイルをとっています。既製品の家具を並べるのではなく、チームの能力発揮に必要な要素を空間とプロダクトの両面から同時に突き詰められたのが最大の強みです。
空間視点とプロダクト視点を最初から揃えてプロジェクトを進めたことで、オフィス全体に破綻がなく、機能と造形が美しく溶け合っている。大空間の中央に位置するオープンエリアのスチール家具にも、その連携が如実に現れている。
田幸:フロア中央にステンレスのキッチンが配置される計画を聞き、どの方向からもアクセスできる公園のパティオのような空間をイメージして、無機質で丸いスチールチェアをデザインしました。窓際には色彩があるので、中央はキッチンとも連続して無機質でステンレスを素材とした家具が最適だと思いました。しかし、この場所の空気感にマッチし、耐久性とスタッキング性を兼ね備えたスチール家具は世の中に存在しなかったため、自らプロトタイプとして開発しました。
細田:従来のオフィスは落ち着いたトーンを基調としたカラーレスな空間が中心でしたが、今回のリニューアルではカラーの掛け合わせや異素材の組み合わせに挑戦しました。だからこそ、シェルフやソファはノイズを極限まで削ぎ落としたシンプルなディテールが求められ、プロダクト側には相当な負担をかけてしまいましたが、美しい結果が得られたと思います。

キッチンスペース。

積極的にさまざまな素材が採用されているが、空間とプロダクトデザインの密接な連携によって、すべてが調和している。

一般的に「ファミレスソファ」と呼ばれる、今回のプロジェクトのためにデザインされたプロトタイプ家具。
「イトーキ」の社員は、自社のオフィスづくりに対して驚くほど貪欲で真摯だ。自らのオフィスを「ワーキングショールーム」と位置づけ、顧客を日常の現場に招き入れ、実際のワーカーの使われ方を体感してもらいながら提案の糸口を見出している。
田幸:通常のオフィスづくりでは、失敗を恐れてここまでの冒険はできません。しかし、自社オフィスという「生きた実験場・おもちゃ箱」があるからこそ、大胆に作って試し、リアルな反応を見ることができます。オフィスを歩いていると、デザイナーの想像を超えた使われ方をしていてハッとさせられることもあります。 一般的には完成・納品した初日がゴールですが、私たちのオフィスは初日こそがスタート地点。家具もレイアウトも、データとワーカーの声をもとにどんどんチューンナップして変わっていく。この「変わることを前提とした空間とプロダクトのデザイン」こそが、これからのオフィスづくりの本質だと考えています。
AIやリモートワークの普及に伴い、「なぜオフィスへ行くのか」という問いは今後さらに切実なものとなっていくだろう。個人作業がどこでも完結する時代だからこそ、人と人が顔を合わせ、偶発的な対話や集合知を生み出す場の価値が問われている。 大きく変わる時代において、自らを実験台にしながら高速で改善サイクルを回し続ける「イトーキ」。アメリカ西海岸発のワークプレイスとも一線を画す、現場のワーカーの行動データに細やかに寄り添った「日本流のやさしいオフィス改革」の最先端がここにある。次のリニューアルでどのような進化を見せてくれるのか、今から楽しみでならない。

イベントやプレゼンテーションが行えるスペース。