
ARTTaro Kiguma
京都・京都市京セラ美術館で池内ヨシカツの展覧会『Liminal - 池内ヨシカツ展』が2026年10月25日まで開催中だ。京都市生まれで作曲家・美術家・京都府文化観光大使と複数の肩書きを持つ、ユニークな池内の作品世界とは?

京都・京都市京セラ美術館 本館1Fの「光の広間」。
本展の会場は、京都市京セラ美術館 本館1Fの「光の広間」。1933年の「大礼記念京都美術館」開館当時には、中央の螺旋階段室もガラスの屋根もない中庭だった場所だ。1970年代に建築家の前川國男による改修で螺旋階段室が作られ、2020年の建築家・青木淳と西澤徹夫によるリノベーションでガラスの大屋根が設置されて、現在の「光の広間」となった。

自然光がたっぷりと降り注ぐ空間に、池内による23点の油絵、3点の彫刻、3つのサウンドインスタレーション、ドローイングなどが展示されている。サウンドインスタレーションは3つが独立しつつも、重なり合っても不協和音にならないよう緻密に設計されている点に音楽家らしさが表れている。本展では個々の作品から強い主張が感じられない。しかし、抽象的であるかと言えば異なり、具体的に「子ども」「無垢」「かわいさ」などを誰もが感じるだろう。そして、立体作品は非常に整ったキャラクター的なプロポーションで美しい。
「入口としては幼さやかわいさなどで、まず鑑賞者を惹きつけたいと考えています。私は絵のモチーフとして、最初に見た時の第一印象でたやすく捉えられるものが良いなと思っています。そして、徐々に違和感や歪みなどを感じて、絵の奥にある何かを探究してほしいと考えています」と池内は語る。
入口をわかりやすくして観る者を惹きつけたい、という発想は、今人気の作曲家らしいコメントだ。本展は、1点1点の作品に具体的な物語やコンセプトを求めるということよりも、自然の光の中で空間全体をふわふわと漂い、心地よいサウンドインスタレーションに身をゆだねて体感する、1つの大規模なインスタレーション作品とも言えるのではないだろうか。
多くの読者は初めて知るであろう、美術家としての池内ヨシカツの創作世界を理解するために、3つのアングルから紐解きたい。

Yoshikatsu Ikeuchi, Elusive, 2026, Oil on canvas, 530 x 455mm

会場の一角に再現された、作家のアトリエをイメージした空間。
会場には、絵画作品や彫刻作品とは別に区切られた小部屋が用意されている。作家のアトリエをイメージした空間だ。ここで注目したのは、YouTubeから贈られた「銀の盾」。チャンネル登録者数が10万を超えるとYouTubeから贈られる盾で、簡単に得られるものではない(現在の登録者数は52万を超えている)。これは池内の音楽家としての活動に関係するもので、高校生の頃から自身の楽曲をSoundCloudやYouTubeなどで継続的に発表してきた努力の結果だ。
その才能は坂本龍一の目に留まり、坂本が音楽を担当した映画『怒り』(2016年)の劇中曲を共同で手がけている。池内はプロの作曲家であり、短い時間で与えられたテーマに対して、答えとしての楽曲を生み出すプロとしての筋力が備わっているのだ。その根本には芸術一家に生まれ、音楽や絵画に長年親しんでいたという経歴がある。画家の祖父と作曲家の叔父の影響で幼い頃から絵や音楽に親しんでいたため、クリエイターとしての基礎的な技術や考え方は自然と習得済みだった。その十分なフィジカルな基礎の上に構築された「デジタルネイティブ」と言えるのだ。そのためか、初見では画面の整った線が、ペンタブレットとIllustratorから生み出されたベジェ曲線に見えた。しかしながら、近づいてみれば勢いのある迷いのない筆致が残っていて、紛れもなく油絵であることに驚かされた。

Yoshikatsu Ikeuchi, Remnant of light, 2026, Oil on canvas, 530 x 455mm

Yoshikatsu Ikeuchi, Unbecoming self, 2026, Oil on canvas, 803 x 652mm
いずれの作品にも表情の読み取りにくい「少女のような人物」「少年のような人物」が大きく描かれている。人物には名前も物語も用意されていないという。軽やかで淡い色彩で表現された幼い人物は、ファンタジーの世界の住人のようでもある。池内は、スタジオジブリ作品や宮崎駿のファンであるということから、その影響も感じる。中には不思議な水生生物と共に描写されている作品もある。いずれの作品もどちらかといえば明るく、前向きな人物に見えるが、どの人物の顔にも眉毛がないという違和感に気がつく。
「顔に眉毛を入れてしまうと表情が固定されてしまうので、眉毛を描いていません。私は作品を鑑賞者がどのように受け取ればいいのかを明確に方向づけしたくないので、あえて眉毛を描き込まずに不安定な画面にしています。そうすることによって、鑑賞者が自ら考える余地を残しています」
幼い人物に眉毛を描かないという統一したフォーマットを貫くことにより、デフォルメされたキャラクターのようにも見える。池内の作品からは、既存の作家からの影響も感じた。しかしながらコピー&ペーストの二次創作物やファンアートではない。鑑賞者が受け取る「可愛さ」「無垢」などの表層に潜む、「鑑賞者それぞれが何らかの感情を呼び起こす」というブレないコンセプトが存在し、一次創作としての強度がある。

Yoshikatsu Ikeuchi, Surface Memory, 2026, Oil on canvas, 530 x 455mm
展覧会紹介文を寄せている、文化研究者の山本浩貴はこう分析する。
「池内ヨシカツは、デジタルネイティブな世代。コンピューターで何かを作るのが当たり前の世代です。1990年代以前が持っていた『オリジナリティへの神話』は、もうその有効性を失っていて、誰も作ったことがないゼロベースから新しいものを作るというよりも、既存のものを既存ではない形で組み合わせていくという創造性が、近年の現代アートの中で浮上してきていると思います。オリジナルとコピーという二項対立が昔に比べて有効性を失っているので、いろんなものをサンプリングして重ね合わせていって自分なりのものを作っていくということに対して、昔の美術界が持っていたオリジナル神話みたいなものに対するアレルギーはなく、自由だと思います」
池内は、音楽制作と絵画制作は互いに独立していると語る。しかしながら、本展に出品している大半の作品を約半年間で一気に描き上げてしまう勢いは、まるで感性のままに楽器をかき鳴らしているかのような軽快さやリズム感、ある種の荒々しさが感じた。画面に残る筆致にも迷いを感じることはなかった。この点では、池内ならではの音楽の制作で培った感性やスピード感が絵画制作にも接続していて、独自の作品世界の立ち上がりに寄与しているのではないだろうか。

Yoshikatsu Ikeuchi, contiguity III, 2026, FRP, H2000 x W1533 x D1080mm
池内ヨシカツの作品は、一見するとデジタルで描かれたような軽快さがある。しかし、実際に絵の前に立つと、確かな技量を感じさせる筆致から間違いなく油絵であると実感させられ、豊かな重厚感が伝わってくる。本展は、会場に降り注ぐ自然光と共にサウンドインスタレーション、絵画、彫刻が渾然一体となり、稀有なアート体験をもたらしてくれる。デジタルネイティブな新世代の作家・池内ヨシカツ。そのマルチな魅力を、ぜひ自らの目で体感してほしい。

作曲家・美術家・京都府文化観光大使。幼少期から音楽や絵画に親しみ、高校生の頃からSoundCloudやYouTubeなどのデジタルプラットフォームを通じて本格的な創作活動を開始。2016年には、坂本龍一と共に映画『怒り』の劇中曲を手がけた。現在は音楽と視覚表現を自在に行き来しながら、独自の作品世界を構築している。2025年の京都国立博物館での個展をはじめ、アジア各国での展覧会実績も多数。公式サイト
『Liminal - 池内ヨシカツ展』
京都市京セラ美術館 本館1F「光の広間」 京都市左京区岡崎円勝寺町124
2026年10月13日(火)– 10月25日(日) 無料