
DESIGNTaro Kiguma
「上質なアート体験のような家具」が日本に上陸した。ELLE DECOR INTERNATIONAL DESIGN AWARD 2025アウトドア部門にも輝いた、ムートの「ドリーム・ビュー・ベンチ」だ。コロナ禍のロンドンで芽生えたアイデアが北欧の気鋭の家具ブランド「ムート」と出合い、極めて斬新なプロダクトに結実した。デンマークから来日した、デザイナーのリセ・ヴェスターに話を聞いた。

「ドリーム・ビュー・ベンチ」w100cm 1,137,400円。w60cm 986,700円も。
ーとてもユニークな形をしていますね?
ありがとうございます。このベンチは私たちに少し生活のペースを落として立ち止まりましょうよ、と語りかけるような存在です。ベンチに身を委ねて空を見上げながら、自分の体と精神を見つめ直すような場所をデザインしました。忙しない日常において、一度立ち止まって、このベンチに座ってマインドフルな時間を過ごしてもらいたいです。昼間にぼーっとして、ちょっと夢を見ているような感覚で人それぞれが自分自身を振り返るというような時間が提供できたらと思っています。

デザイナー、リセ・ヴェスター。デンマーク・3dayofdesign2026に合わせて開催された個展会場にて。
ー金属のヘアライン仕上げがとても美しいですね。
素材は1.5mm厚のステンレスです。屋外に置くことを想定したので非常に耐久性が高いです。ステンレスという素材を選んだ理由は実用的な側面だけでなく、素材が持つ空気感や質感に惹かれたからです。ヘアライン仕上げの表面が空の色を優しく映し込みます。光線状態や空の色によって、ベンチの表情を変えてくれる点が気に入っています。まるで大空を自分の近くへ引き寄せてくれるような気がしています。また、ステンレスという硬質な素材と柔らかい曲線のコントラストにも注目して欲しいです。

最初はピカピカの鏡面仕上げにしようと思ったのですが、ちょっとシャープ過ぎて移り込むイメージもきつ過ぎました。ヘアライン仕上げだとちょうどよい印象で映り込む周囲の環境の姿もソフトな印象で、空と自然の木々などが柔らかく見えてきました。しかし、人によっては最初の印象はちょっと居心地悪そう? と思うと思います。金属で固く見えるから体に悪いのでは? と思うかもしれません。しかし、座ると全然違う体験が得られてすごくびっくりするはずです。またベンチの曲面からゆっくりと休息を取れるような姿勢が取れるので、驚かれます。型破りなデザインなので見た目は挑戦的なのですが、実際はソフトな体験が得られます。自由な彫刻的要素もありつつ、人間工学的にも配慮しました。
ー座ってみると体にピッタリあって、想像以上に大空を仰ぐ体勢になりますね。開放的な気分になりました。
人間工学のテキストには、車椅子だったらこう座ったらよいなど書いてあるのですが、このベンチのカーブの形状のヒントとなるものは全く書いてありませんでした。そこで何が最適なのかを実際に自分の体を使って、そしていろいろな人にも協力してもらってテストして作りました。砂浜に穴を掘り自分の体を入れ込み、そこにできた自分の体の曲線を紙に移して、スチロールに置き換えていく方法をとりました。ベンチを作りたかったわけではなく、多くの人の形にフィットする最適解を探った結果です。男性や女性、高身長の人、小柄な人など実際にさまざまな人に協力していただき、最終的なカーブを導き出しました。砂浜ではお散歩中の犬が来たりもしました。
ーロンドンのRCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)に留学中の卒業制作が元のアイデアになったと聞きました。
これを作ったのは2021年、私がロンドンに住んでいた頃でコロナウイルスが流行していました。肉体的、精神的にみんな気分が落ちこんでいる時で、社会全体としてメンタルな面で病んでしまっている状態でした。しかしウイルスの症状に対する対応で精一杯で、メンタル面でのケアに手が行き届いていないと思いました。それを解決するためには自分自身で対処するしかないと思い、デザインしました。あるおもしろい調査結果があるのですが、コロナ禍で孤独と戦わなければいけなかった時に人間はより自然を求めるようになったという統計です。ハイキングに出かけたり、公園で散歩するような行動です。20分間以上、自然と接すると体が落ち着いて精神も落ち着きを取り戻し、リラックスするというのです。しかし都市の中で緑のある場所を見つけるのは難しいので、代わりに思いついたのが空を見上げるという行為です。空も自然の一部ですよね? 高層ビルの谷間にいたとしても空は見えるので、家具が空を見上げる装置になればいいのではないかと思いました。
ムートとも考えを一致するのですが、私は神経美学(neuroaesthetics)というものに非常に興味があります。神経美学とは比較的新しい学問の分野で光や色や形、そして自然の景色を見ることなどが、人間の体にどう影響をしているかを探求する学問です。神経美学に深く興味を持っていて、私のデザインの原理原則に大きく影響しています。

ロンドン在住時代に迎えたコロナ禍では、この窓からの景色が唯一世間と繋がる場所だったと振り返る。

3dayofdesign2026に合わせて開催された個展会場では、開発段階での模型などが展示されていた。
「美とは何か」については、長らく人文学などの分野を中心に議論されてきたが、テクノロジーの進化とともに新たなアプローチも発展してきている。美しさに接した人間の脳を直接測定することにより、脳の認知の働きや仕組みを解明・探求するのが神経美学だ。「ムート」は、家具に新しい視点を持ち込むことを哲学にしており、神経美学など比較的新しい領域の概念を取り入れることに積極的だ。他の北欧の家具ブランドは過去の歴史を売っているが「ムート」は歴史を今作っている、と自らを表現する。そして今まで20年間、ブランドとして直感的に取り組んできたことの多くがこれらの科学的な根拠に接続し始めた、という。

ー学生時代には、神経美学を研究されていたのですか?
学生時代はプロダクトデザインを勉強していたので神経美学を専門に研究していたわけではないのですが、科学や研究にはすごく興味を持っていました。建築家やデザイナーは何かを作り生み出す役目を果たすわけですが、もっと科学によって発見された法則やエビデンスを重んじるべきだと思います。というのはデザイナーは人への影響というものに責任を持つ立場だと思うからです。
ーなぜ、神経美学に興味を持ったのですか?
神経美学の分野にはいろいろな定義があって原則が規定されていますが、それらは調査や研究に基づいています。どういった色を使うとか、どういうテクスチャーがいいのか、などです。そして自然が具体的にどのように人の心の癒しに寄与するのか? というようなことを探求しています。中でもデザイナーとして興味があるのは、デザインが私たちの感情や感覚に具体的にどのように働きかけているのか、そして私たちが空間の中で何を感じているのか、デザインがどのように新しい物の見方を生み出すことができるのか? そういったことにすごく関心があります。私はデザイナーとして感覚や体験を提供して人々の幸せに貢献したいと思っています。美しくて、機能的な家具は既に世の中にたくさんあります。今の複雑な時代は、より感情的なデザインを求めていると思います。私のプロダクトは近くに来てもらって実際に体験してもらうと思いもよらぬ良い体験をしてもらえる、というゴールを目指しています。デザイナーとして、みなさんの慌ただしい日々に少し「よい介入」ができたらと思っています。

3dayofdesign2026での「ムート」ショールームの一角。「ドリーム・ビュー・ベンチ」は、スタイリング次第で室内に置いても映える。
ー「ムート」との出合いは?
2019年のミラノデザインウィークでムートがGoogleと展示していたのが心に残りました。展示の来場者が心拍数などを測れるリストバンドをつけて、3つの雰囲気の異なる展示空間を体験するとそれぞれどういう反応を示すか、というデータを収集していました。もちろん人それぞれ、そのインスタレーションで感じる印象は異なり、ある空間ではとてもリラックスしたり、別の空間では少し緊張したり… といった感じでした。そのように『データをデザインに取り入れる』という考え方をすごく新しく感じてインスピレーションを得ました。その後、2022年のTrends & Traditionsという展示会でムートの担当者と会うことができました。数日後、大急ぎで自分のポートフォリオを用意し、神経美学に関心があるという話をしました。その時には既に私のベンチのアイデアには目をつけて下さっていたようです。
私が最初にこのベンチをデザインした時には、従来的な家具ブランドと組むというのは全く想像していませんでした。なぜかというとこのベンチは、すごく彫刻的で大胆なデザインなのでなかなか理解されないと思ったからです。この型破りなデザインをムートが注目してくれたというのは、すごく勇気ある決断だったのではと思います。今後はステンレスだけでなく、自然素材でバリエーションを検討したり、このベンチに合うクッションを開発したいとも考えています。

「ドリーム・ビュー・ベンチ」は現在、デンマーク・コペンハーゲンのデザインミュージアムの中庭やコペンハーゲン国際空港に設置されている。
リセは、先日開催された3dayofdesign2026において個展『デザイン・オン・プリスクリプション(デザインの処方箋)』を開催した。光や音など人間の視聴覚に訴える実験的な作品やプレゼンテーションは、さまざまなアプローチや幅広い思考を含有し、デザイナーの貪欲な好奇心を感じた。日本の工芸や文化に対しても興味は深く、日本の風鈴に着想した涼やかな音の作品を笑顔でプレゼンテーションしてくれた。プロダクト、クラフト、アートなど複数の(従来的な)領域を縦横無尽に横断しながら、これからもロジカルな視点を背骨にして新しい価値を提案してくれそうだ。

デンマークを拠点とする家具・プロダクトデザイナー。ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アートで主にプロダクトデザインを学ぶ。神経美学などから着想を得て、人間の五感に強く訴える創作活動を続けている。2026年6月、3dayofdesign2026期間中にOFFICINETにて個展『Design on Prescription』を開催。元薬局だった会場を舞台に職人技・素材・自らのデザイン哲学をさまざまな手法で融合し、語った。公式サイト