
INTERIORTaro Kiguma
2026年9月4日、東京・南青山のフロム・ファースト・ビル1階に「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA」が移転オープンした。3フロアに拡張し、新たにギャラリー空間「A-POC SPACE(エイポック スペース)」も備えたブランド国内最大の店舗だ。空間デザインを手がけたのはデザイナーの吉岡徳仁。ブランドのものづくりへの思考を、見事に空間として立ち上がらせた。

店舗に足を踏み入れると目に飛び込んでくるのは、A-POCを象徴する赤い「一枚の布」と深みのあるメタリックな質感の黒い柱。© ISSEY MIYAKE INC. Store design: TOKUJIN YOSHIOKA + TYD
店舗のエントランスは非常にクリアでゆったりとしている。3フロアのうち、エントランスとなる1階は美術館のような静謐なイメージで、黒く存在感のある柱が目に飛び込んでくる。
「『A-POC ABLE ISSEY MIYAKE』というブランドの姿勢から、完璧に完成された世界というよりも“創作プロセスの途中”にあるような世界観を空間で表現したいと考えました。そのため、整然とすっきり仕上げるのではなく、素材そのものの荒々しさや質感を活かした空間を構築しました。このブランドには『研究』や『新しい挑戦』といったイメージがあり、現在は服にとどまらず照明器具など新しい領域を拡張しながら進化を続けています。そうした可能性を秘めた空間として、過度に加工された完璧さではなく、あえて荒々しい素材感や表情を残すアプローチが相応しいと考えました。メインの素材として、黒い壁面にスチールを採用しています。これは鉄板に特殊なメッキを施し、黒い結晶性の被膜を重ねたものです。化学反応によって自然かつ偶発的に生まれた結晶を定着させることで、天然石のように独特で奥行きのある表情を引き出しています」(吉岡徳仁)

1階のエントランスは非常に広く、入った瞬間に商品が目に入らないことに驚く。© ISSEY MIYAKE INC. Store design: TOKUJIN YOSHIOKA + TYD
「建物の歴史をそのまま感じられるよう、コンクリートが剥き出しになったスケルトンの部分も意図的に残しました。残す部分と新しくつくる部分を選び抜き、時間の経過や建築の記憶を留めながらも、新しい黒い壁面と融合させることで独特のコントラストを生み出しています。そしてブランドの原点を象徴する要素として、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの生地そのものをフロアをまたいでダイナミックに渡しました。『一枚の布』から服をつくり出すというブランドのプロセスそのものを、空間全体を使って表現しています」(吉岡徳仁)

2階。コンクリート剥き出しの梁や黒い結晶を纏った壁面、服の各パーツがあらかじめ織り込まれた「一枚の布」と陳列されている服のそれぞれの素材感のコントラストが美しい。空間に浮いて見えるハンガーのノイズのない処理に吉岡の美意識を感じる。© ISSEY MIYAKE INC. Store design: TOKUJIN YOSHIOKA + TYD

1階と2階を繋ぐ階段の壁面は、コンクリート打放しのスケルトン仕様。荒々しくも年月を経過したコンクリートの姿に1975年に竣工した「フロム・ファースト・ビル」の歴史を誰もが重ねるだろう。また、結晶を纏ったスチールの壁面は、場所によって異なる表情を見せているので注目。© ISSEY MIYAKE INC. Store design: TOKUJIN YOSHIOKA + TYD
3フロアのうち、商品が陳列されているのは主に2階で非常に大胆な店舗構成に驚かされた。路面からは服の存在感をあまり感じさせず、まるで新しい現代アートのギャラリーがフロム・ファースト・ビルにオープンしたかのようにも見えた。それぞれのフロアを接続している、ブランドを象徴する赤い「一枚の布」について、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナーの宮前義之はこう語った。
「このインスタレーションは、1998年に初めて発表されたA-POCの赤いランウェイルックに着想を得て、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEの服作りのプロセスを表現しています。この場所は改めて私たちが立ち返る場所として、この『一枚の布』というものを起点にしながら未来に向かって歩んでいくという、大きな決意表明でもあります」(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナー・宮前義之)
地下にはギャラリー空間「A-POC SPACE」がある。ブランドとして最新のものづくりの姿勢を発信することに加え、アート、テクノロジー、クラフトなど領域を横断して多様なものづくりや実験的な試みを発信するための場所だ。オープニング企画として、フランス・パリ在住の写真家・梅本健太による展覧会「PORTRAITS:HANDS」が開催されている。芸術家や建築家、歌舞伎役者などさまざまな分野で活躍する23名のクリエイターや表現者の手とポートレートを撮影したものだ。
「私にとって、手は創造の原点にほかなりません。いつの時代もそれは変わらないのではないでしょうか。そして、ものづくりは当然ですが1人ではできないので、同時代を生きるクリエイターや表現者、求道者たちとの交流が大切だと考えています。そうした人たちの記録を撮っておきたいと思い、2年前に写真家の梅本さんとプロジェクトを始めました。みなさんのスタジオなどに伺ってお話を伺い、最後に写真を撮影させていただく、ということを繰り返してきました」(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナー・宮前義之)

写真家・梅本健太による展覧会「PORTRAITS:HANDS」より。左上より時計回りでアーティストの髙橋賢悟、農家の中山勇治、ビジュアル・アーティストの鈴木舞、建築家の田根剛、コレオグラファー・ダンサーの金森穣、歌舞伎役者の中村橋吾。© ISSEY MIYAKE INC.
展示の手法にも、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEらしい実験的な試みが伺える。大きな画面は背面から光を当てるライトボックスを用いて表現されているが、元になるUV印刷によるプリントが存在し、そこに強いこだわりがあった。それぞれの展示作品のベースとなるオリジナルのプリントは1枚1枚、文字通り梅本の“手”でプリントされており、このプロジェクトのテーマにも重なっている。梅本が長年にわたり独自に探求してきたUV印刷技術を駆使して実現したトーンや質感、色からは、被写体の手の湿度すら感じられた。
このスペースでは、今後はトークイベントやワークショップの開催も予定しているという。
「今は服もデジタルで購入できる時代です。だからこそ、わざわざお店に足を運んでいただくからには特別に感じられる体験が大切であり、それこそがリアルな店舗の役割である気がしています。ですから今回、吉岡徳仁さんにその思いをお伝えし、できるだけ余白を作っていただきました。『A-POC SPACE』が、ブランドの創作プロセスや思考などを感じ取っていただける場所になっていければと思っています」(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE デザイナー・宮前義之)
空間を横断するA-POCによる最新テクノロジーを駆使した「一枚の布」と自然の豊かな結晶を纏ったメタリックな黒い壁面。そして、異分野・異業種との取り組みを発信していく新たなプラットフォームとも言えるギャラリースペース。それらを吉岡はシームレスにまとめ上げ、ブランドの現在進行形の姿として見事に空間に落とし込んだ。吉岡とブランドとの長いリレーションシップが成せる熟練の仕事だ。
A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA
東京都港区南青山5-3-10 FROM-1st